第23回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第23回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
『日本に生きる一人の女の自由』をテーマにした
エネルギッシュでインパクトのある作品が見事受賞
■日時 2004年9月2日(木)18:10〜20:30
■会場 リクルートG7ビル B1セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2004年8月23日(月)〜9月9日(木)
今回で23回目となる『ひとつぼ展』。去る9月2日、グラフィックアート界の第一線で活躍されているプロの方々5人を審査員に招き、10人の出品者の中からグランプリを選ぶ公開二次審査会が行われた。グランプリ受賞者には、1年後にこの場所で個展を開催する権利が与えられる。多数の一般見学者が見守る審査会場は熱気と緊張感に包まれ、独特の雰囲気を醸している。そして、個展開催の権利を勝ち取るべく、出品者一人ひとりが自身の作品についての説明を行った。
●第23回『ひとつぼ展』のプレゼンテーションが始まった。
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アイコフ
「鳥の連続写真を一つの画面に表した作品は、時間の重なりによってできるカタチがテーマ。ごくごく日常的に起きている風景を、写真やビデオによって繋げることで新しいカタチが生まれる。見たことがあるようで、見たことのないものを表現したかった。」
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ASADA
「自分が自由であることの象徴をモチーフに選んだ。あえて不自由なものを提示して、自由を感じてもらおうと思った。陶器で作った『ヘルメット』と『パンツ』、それを身に付けた自分の写真の掛軸という作品で、自由に、強く、日本で生きる一人の女の愛を自分なりに表現した。」
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高山
「いつも、モヤモヤした気分をどうにかしたい気持ちで描いている。今回出品した一坪大の一点の絵はフィクションがほとんどだが、そのほうが私にとってはリアリティがある。もっと自由で、もっと解放的な世界を自分の絵で創りたい。」
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藤木
「普段の生活の中で気になったものを変化させて組み合わせているうちに、風景がカタチを創っているという新しい方向性が生まれた。それを人形としてカラー粘土で作り上げ、数多く見せることで、様々な共感を呼んでいけたらと思う。」
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田頭
「一般的なポスターとは違うポスターがあってもいいのではないか。半立体の『穴』とか『しわ』が創りだす新たな魅力。それは、光の当たり具合、影の落ち方などの要素による無限の変化を生んでいる。」
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相島
「自分の『飛んでみたい』という思いを、紙風船で作った人形とビデオ映像を組み合わせた作品で表現。個人的な感情や思いからコミュニケーションしたいと考え、言葉では伝えることのできないものを映像と立体を絡めて、その思いを伝えていきたい。」
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ワクイ
「自由なテーマでアイデアスケッチした、いわば落書きのおもしろさをフィギュアというカタチで表現した。落書き感を追求すればするほど、思いもよらないフィギュアが生まれる。そこを楽しんでいただけると嬉しい。」
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春日
「9人の女性のポートレートを描いた。目や鼻、口といったモチーフのその奥にあるものを描きたかった。結局、私は人が好きなんだと思う。この作品を通して、それが解っただけでも描いてきた意味があった。」
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三輪
「僕の作品のテーマは、笑い。いつも作品のアイデアを考えるのが好きで、今年はオリンピックイヤーということもあり、スポーツシーンを合成写真によって面白おかしく表現。スポーツ選手の真剣な動作を失礼ながら笑いに仕立てた。スポーツの数だけギャグが生まれた。」
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喜久田
「とても悲しいことがあったときに描いた絵。そんなときでも絵を描いていると、目の前にあるモチーフに救われる。そして、空想の世界に引き込まれてしまう。顔のない少女のメルヘンの世界を描くことで、今の自分の世界観を表現した。」
「もっと見せ方を考えないと、ポートフォリオ以上のふくらみは出ない」
出品者10人のプレゼンテーションが終わり、審査員の方々による意見交換が行われた。
まずは、プレゼンテーション順にアイコフさんの作品に対して。
杉山さんが「一次審査のポートフォリオを見て、今日の作品を楽しみに来たけど、一枚絵の時に受けた衝撃がビデオにしたときには薄れた」と、やや残念そうに言う。ひびのさんは「もっと見せ方を考えないと、ポートフォリオ以上のふくらみは出ないと思う」と、見せ方の工夫に言及。青葉さんからは「時間の経過というテーマを鳥以外のモチーフでも作品にしたほうがいいので
は」と、アドバイスも添えられた。
次に、ASADAさんの作品に対して。
ひびのさんが「コスチュームアートと言えば、そうとも言える(笑)。力強さがとても伝わった」と、ご自身のジャンルを引き合いに出すと、米村さんが「前回以上に今回の作品はバージョンアップしていた。完成度の高さにちょっと驚いた」と、感嘆の弁を発する。杉山さんも「焼き物という技術的に難しいものを、短期間でここまでやり遂げたのはさすが」と、感心の様子だった。
※注:ASADAさんは、第22回『ひとつぼ展』から2回連続で出品。
高山さんの作品に対して。
大迫さんが「なぜ、今回の作品は1点だったのか? 大きい絵を1点出品することの意味は何か?」と、切り出す。それに対して、杉山さんが「4枚の紙に1点の絵が描いてあるが、なぜ4枚に描いたのかということを強く意識することがアーティストとしては重要」と、作品づくりのプロセスの大切さを指摘する。米村さんは「絵から感じることは、まったくコントロールされていないということ。しかし、実はコントロールされていないようにコントロールしているのかもしれない」と、そのつかみ所のなさに触れる。
藤木さんの作品に対して。
自身、アーティストとしてキャラクターづくりも手掛ける杉山さんが「キャラクターを作りたいのか、新しいアートを作りたいのか、はっきりしなかった。顔のないものだけで構成すると面白かったかも」と、アウトプットの方向性をアドバイスする。ひびのさんは「将来、何を目指してるんだろうということが気になった。見ていて疲れるディスプレイだった(笑)」と、作品の
迷いを指摘。大迫さんも「人形の顔に気を使っていない。もっと、本人のパーソナリティが顔に出ると良かったのでは」と、作品の一貫性のなさを指摘する。
田頭さんの作品に対して。
広告業界でアートディレクターをされている米村さんが「半立体ポスターというジャンルはやり尽くされている。手法はメッセージにはならない。もっとステージをずらすことも考えて」と、手厳しいアドバイスをすると、大迫さんが「現物より写真で見るほうがシャープな印象を受けた」と、最終的な表現の仕方を指摘する。青葉さんは「いろいろ頭の中では考えているのだろうが、表現力がそれについて行ってないと思う」と、アウトプットの完成度を求めた。
相島さんの作品に対して。
コスチュームアーティストのひびのさんは「紙風船という素材はわたしも使ってみたいと思った。ビデオあり、立体ありで、いろんな方向から模索したことは評価するが、やりたいことが見えてこない」と、作品のメッセージ性に触れると、杉山さんが「今回の展示からは、飛びたいというテーマが伝わってこなかった」と、テーマと作品の乖離を口にすると、米村さんも「上
の立体、下の映像がバラバラになってしまった」と、展示方法の問題点も指摘した。
ワクイさんの作品に対して。
「イラストレーションともフィギュアともとれる作品だが、どちらを目指しているのか?」と、ひびのさんが言えば、大迫さんが「脱力させたくて落書きなのに、フィギュアのカタチが決まりすぎている」と、言及。杉山さんは「わざわざ立体にする意味がないように思う」と、落書きの良さをもっと出したほうがいいと提案した。
春日さんの作品に対して。
開口一番、ひびのさんが「私の知り合いに似ている絵がある(笑)」と、周囲を笑わせると、杉山さんが「僕は、この色がついた絵がすごく好きです」と、褒めたあとで、「ただ、楽しんで描いている感じが足りない気がする。ポートフォリオの中のコラージュはもっと自由に作っていたと思う」と、作品づくりの姿勢にも触れていた。
三輪さんの作品に対して。
「スポーツ写真の素材集を使って肩の力を抜いた存在がおもしろかった」と、米村さんが言えば、杉山さんは「スライドで一枚一枚を見せると笑えるかも」と、笑わせ方を追求する場面も。最後に青葉さんが「何点見せるか、という部分も大切になってくる」と、アドバイスを述べた。
喜久田さんの作品に対して。
大迫さんが「絵のストーリーはいつできるのか、ということが気になった」と、絵の不思議さの印象に触れると、米村さんが「悲しいときに絵を描くというテーマが新鮮だった」と、ショックを受けた様子。杉山さんが「自分のイメージをしっかり表現しているところが良い」と、コンセプトの具現化を褒めた。
10人全員に対する意見交換を終えたところで、進行役の大迫さんが投票用紙を取り出し、ここで審査へと移る。
迷いのないエネルギーでASADAさんがグランプリ受賞
各審査員の方々からは異口同音に「もっと思いきりのいい作品があっても良かった」「もっと見せ方の工夫がほしかった」などの感想が述べられ、いよいよ、審査はクライマックスへ。それぞれの審査員がまず3人を選び、その票数の合計でグランプリを決定することになった。
結果は、
青葉/ アイコフ 高山 春日
杉山/ アイコフ ASADA 藤木
ひびの/アイコフ ASADA 相島
米村/ ASADA 春日 喜久田
大迫/ アイコフ ASADA 喜久田
これを集計すると、
アイコフ/4票 ASADA/4票 春日/2票 喜久田/2票 高山/1票
藤木/1票 相島/1票
この時点でグランプリの行方は、ともに4票を獲得したアイコフさんとASADAさんに絞られた。では、グランプリにふさわしい作品はどちらか。ここからが、審査は難航。全員、難しいとため息がもれる中、「時の重なりというテーマで作られた一枚の絵を見たときの衝撃が忘れられない」とアイコフさんを推す、ひびのさん。「アイコフさんの作品は見終わると後でスーと引いていくが、ASADAさんの作品はいつまでもショックが持続する感じがする」とASADAさんを評価する、米村さん。「一年後の個展を考えると、アイコフさんのほうが可能性があると思う」とアイコフさん派の、青葉さん。「この日に向けて全員がんばって作品を仕上げてきた中では、ASADAさんの完成度が一番」とASADAさん派についた、杉山さん。2対2となり、注目された大迫さんの発言は「どちらの良さも捨てがたい。どちらもグランプリにしたいくらい」と、決着がつかない。ある審査員からは「いっそ、2人をグランプリにしては?」との意見も出るほどの接戦になった。そこで、「無記名で決選投票をしましょう」と大迫さんが提案。各審査員に投票用紙が配られ、会場には張り詰めた空気が流れた。グランプリ候補の一人、アイコフさんはうつむい
ている。もう一人のASADAさんも緊張した面持ち。5人の審査員が悩んだ末に投票した結果は、やはり大接戦の3対2。迷いのないエネルギーが審査員に伝わったASADAさんがグランプリに輝いた。
「この10人に選ばれたことが一番うれしかった」
グランプリを受賞したASADAさんにパーティの最中に感想を聞くと、「今回、10人という枠に入り、『ひとつぼ展』に出品できたことが一番うれしかった」という、自然体の答えが返ってきた。「この作品をがんばって作ったことが自信になった。私にはパワーしかありません。このパワーを評価してもらえたのが、うれしかった。一年後の個展もがんばりたいと思います」と、大好きだという缶ビールも口を付けただけで、ほとんど飲めない状態。最後までASADAさんとグランプリを競ったアイコフさんは「くやしい結果になったけど、自分の力がない部分もわかっている。ASADAさんのグランプリには納得」とサバサバした表情で答えてくれた。インタビューの最中に、審査員の米村さんが通りかかって「本当に差がないからガンバッテ!」と声をかけられていたのが印象的だった。高山さんは「自信はあったのに残念。でも、1票入ってうれしかった。この先も、モチベーションをもってやり続けたい」と、次への意欲が湧いてきた様子。藤木さんは「今回の自分の作品には納得している。審査員の方々のいろんな意見を聞けて勉強になった」と、自分に言い聞かせているようだった。田頭さんは「グランプリは、ASADAさんかアイコフさんか春日さんだと思っていた。将来は広告業界に進みたいと思っているので、この作品を出品できて満足」と、すっきりした様子。相島さんは「ひびのさんに1票入れてもらって、自分の可能性を広げられるような気がする。こういう場へ出品できたことは、いい勉強になった」と明るく答えてくれた。ワクイさんは「1票も入らなかったのは残念。もっと自由に作れば良かったかも」と、反省しきりだった。春日さんは「2票入ってうれしいけど、だからといって自分のスタイルは変わらないと思う。自分にとって必要な表現と、やりたいことがわかった」と、まだまだ創作意欲にあふれていた。三輪さんは「自分のやりたいことは、やりきった。そういう意味では作品については満足している。今後はテーマを深く掘り下げる表現にも挑戦したい」と、次への課題も口にした。喜久田さんは「ひとつのことをやり続けることの重要さ、心底はじけることの大切さがわかった。もっともっと悩みたい。2票入ってうれしかったけど」と複雑な心境を語ってくれた。最後に、グランプリのASADAさんに、もう一度聞いた。一番最初にこの結果を伝えたい人は? との質問には、「あっ、忘れてた! 焼き物製作のアドバイスをしてくれた二人の陶芸家の友人です」と言って屈託なく笑った。そこには、『ひとつぼ展』が終わった安堵とも、『一年後の個展』への助走ともとれる、日本に生きる一人の女の笑顔があった。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>